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【野球人生イレギュラーばなし】常識は正しさではない、従えば批判されないだけ

皆さん、こんにちは。元プロ野球選手の小林亮寛です。

この連載「野球人生イレギュラーばなし」では前回、僕がプロ野球選手になるまでに学んだことをお話ししていきました。

第2回目の今回は、僕がプロ野球選手になってからのことをお話ししていこうと思います。

常識は正しさではない

前回もお話ししたように、僕は24歳から26歳までの3年間は打撃投手をしていて、選手としてはブランクがありました。

そんななか、海外に出て野球選手として現役復帰をする選択をしたとき、周囲には理解されず、「本当に大丈夫か?」といった心配や、「通用するはずない」という批判をされました。

ですが、僕にとっての目的、そして幸せである「家族を楽にさせる」ことを達成していなかったので、高校卒業後に「千葉ロッテマリーンズに入団した」だけでは僕の幸せは満たされることはありません、「終わる」ことはできなかったのです


↑千葉ロッテ時代の小林氏

その後、中日ドラゴンズと打撃投手契約を結んだときも、選手復帰の話が含まれていたから決断したもので、僕の中では諦めたわけでもなく目的達成のための道筋だと考えていました。


↑中日ドラゴンズ時代の小林氏

僕は結果的に6カ国9球団でプレーをしました。

台湾ではゴールデングラブ賞を受賞し、メキシコではオールスターゲームに出場もしました。一年間ローテーションを守る事も経験しました。外国人選手としてシーズンを戦い抜き、プロフェッショナルの世界で沢山の経験ができました。


↑台湾プロ野球時代の小林氏

現役復帰をしたのは27歳になる前、周囲からは「もう26歳だろ?無理だよ」とか「日本での実績がないから難しいな」「他の仕事を探したほうが幸せだよ」と言われました。

2006年当時、独立リーガーやマイナーリーガーでプレーをしている日本プロ野球経験者はほとんどいませんでした。

ビザ(入国許可証)を得ることが厳しかったこともありますが、アメリカ野球への挑戦は日本プロ野球で活躍をした人に許される特権みたいな空気がありました。

翌年、2007年に読売巨人軍の桑田真澄さんがピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだ頃から独立リーガーやマイナーリーガーのビザが緩和され、その後は日本代表で元千葉ロッテマリーンズの渡辺俊介さんや、元阪神タイガースの坪井智哉さん、元横浜DeNAの土肥義弘さんなどもアメリカ独立リーグでプレーをされました。

「日本プロ野球で実績を残した人のみがメジャーリーグ挑戦を掲げることが出来る」

それがこの頃の日本野球界の常識みたいになっていて、僕みたいに5年間で1度も1軍に上がっていない選手がブランクを経てアメリカへ渡るケースは全く無く。相談が出来る人もいなくて、孤独だったのを覚えています。

しかし、常識がいつでも正しいとは限りません。

確かに常識に従えば批判はされないでしょう。でも、批判されることを恐れ常識に従い、行動をしていなかったとしたら、今の僕はありません

僕の野球人生は今の半分で終わり、引退後に野球関連の仕事をするなんて考えもしなかったでしょう。

時代の変化に敏感であれ

2006年、独立リーガーやマイナーリーガーに対して厳しかったビザが緩和され、多くの日本人選手がマイナー契約や独立リーグでの契約を結びアメリカでプレーするようになりました

今ではインターネットやSNSの発展も手伝い、現地のリアルな情報も入って、野球選手が海外に出るための作業や手続きは、それほど難しいことではなくなりました。

2015年には、元巨人軍で1軍登板のなかった村田透投手がクリーブランド・インディアンスでメジャー登板を果たし、今年2017年は元千葉ロッテマリーンズの中後悠平投手がマイナー契約を結びメジャーキャンプへ招待選手として参加しています。

これはプレーヤーたちの思考の中に「海を越えてでも生きていく」と言う考え方がなければ生まれていないことだと思います。

このことからもわかるように、2006年の常識は2017年には変わってしまいました。

これから10年後、20年後もきっと大きな変化が起きているのではないかと思います。

洞察力、観察力、順応力、3つの力の重要性

僕が現役復帰をし外国人選手生活を初めた頃に大切にしていたことがあります。

それは順応するということです。

もちろん、フィールド内での自分の武器は明確にしておかなくてはなりません。僕なら「先発ならゲームメイクが出来る」「リリーバーとしてもタフな器用に応えることが出来る」などが武器でした。

しかし、生活やコミュニケーションなど、自分の仕事を遂行するために必要な環境づくりには出来るだけ順応するよう心がけました。

例えば、最も重要だったことが「食事」です。

食べることは精神衛生上とても重要になります。この場合、栄養価がどうかはあまり重要ではありません。

足りない栄養素はサプリメントで補うことが出来ます。それよりもストレスを減らしたり軽減するためにも、出来るだけ食べ物に慣れる必要がありました。空腹ではイライラするし不安や孤独感が増してしまうからです。

また、現地の食事を食べられるようになると、現地の人たちとのコミュニケーションも高まり仲間意識が芽生えます。困ったときに助けてくれるようになり結果的に自分のストレスを減らすことになります。

台湾でも臭豆腐(しゅうどうふ)と言われる日本人には抵抗のある食べ物や、メキシコのフリホーレス(ブラックビーンズの家庭料理)などを口にしていると仲間との距離もとても近くなりました


↑臭豆腐

納豆が大好きな外国人のような感じでしょうか。元々好き嫌いが無い方なので海外生活での食事を楽しむことが出来ました。

国や組織が変われば正しさも変わる

日本の野球界ではよく見かけることですが、台湾では一人の選手を大勢の前で叱り罵倒することはNGです。その選手のメンツを潰したと言うことで、指導者のほうが批判されます。

それが原因でシーズン中に解任された日本人指導者もいたそうです。

中国の文化があるところでは常識のようですが、「メンツ」はとても重要なことなのです

現地の文化や習慣を知り、対応をしなければ仕事どころではなくなります。

ですから現地の友人と食事に行って仲良くなることで、色んなことを教えてもらいました。日本のやり方が正しい!と思うのは日本人の勝手ですが現地では通用しないのです。

郷に入ったら郷に従え。

文化や習慣をいち早く掴む洞察力は、日本国内にいても必要なスキルだと思いました。

見た目が似ていて共通の言葉を使う日本人同士だと、どうしても「わかっているだろ」と先入観を持って接しがちですが、やはり違う考えや習慣があります。

スポーツ選手は所属する組織が変わっていくものですから、選手一人ひとりが成長しチームの戦力として活躍するためには、個の尊重(自分を持つこと)と協調性(順応すること)を学んでいくことが大切なのではないでしょうか。

夢を叶えるために、現実と向き合う

僕の周りで夢を叶えた人たちのその多くが、現実(リアル)をきちんと克服してきている、という事実がありました。

面白いですよね。夢を叶えている人ほど現実をよくみている気がします。

逆に、夢を叶えることが出来ていない人ほど現実的でないことにとらわれている気がします。

現実を直視し、ひとつひとつ打開していく、その勇気と行動力こそが夢への近道なのかも知れませんね。

一生懸命に生きる誰かのお役に立てれば幸いです。《つづく》