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スポーツ上達の近道は、「運動体験」を増やすこと

こんにちは、ジュニアユースを対象にした育成やフィジカルトレーニング、運動学習などをテーマにした講演活動や、強化育成システムの研究活動をしている「小俣よしのぶ」です。

この仕事をしていると保護者の方から次のような質問を受けることがあります。

  • 「何歳までにどのような運動をすればいいの?」
  • 「理想のスポーツ教育とはいつ・どんなことをさせるものですか?」

研究活動をしている私ですが、これはたいへん難しい問題です。

なぜなら発育発達の特徴や環境で個人差があるからです。

「子どもの可能性を守る、ジュニアスポーツの新常識「成長特性」を知る」の中でも紹介をした通り、成長特性は個人で異なり、また生まれ月などの問題もあるため、一概に「何歳に何を…」とは言い切れません。

さらにもうひとつ保護者の方の「運動」という言葉の捉え方にも問題があるため、「何歳に何を…」と発言できても納得されないこともあります。

しかし、このような問題はありつつも、子どもたちにとって理想の運動学習になるための真理というものはあります。

そこで今回は研究から考えられる子どもの運動学習の真理についてお話ししたいと思います。

「運動」とは?

これらの記事で紹介している「運動」という言葉、読者の皆さんはどうお考えでしょうか?

私がこれら文章内で言っている「運動」とは「身体活動」のことです。

「身体活動」とは身体を動かすこと、身体が動くことです。

これは特定の競技やスポーツを指しているわけではありませんが、競技やスポーツも「運動」に含まれます。

「運動=スポーツ」ではない

もう少し具体的に説明しますと、「運動」は人間が意識的、無意識的に身体を動かしておこなうことです。

読者の皆さんが考えている、例えばラジオ体操のような運動や体育の授業で行うマット運動、運動部の部活動などのような体育やスポーツ活動だけを指しているわけではありません。

運動着を着て運動シューズを履いて、運動施設で運動プログラムをすることが「運動」ではなく、これは体育の授業、スクールやレッスン、あるいはエクササイズである運動の「習い事」です。

「運動」をすることにおいて、これら運動着、運動シューズ、運動施設やプログラムは道具や環境、きっかけであって運動が成立するために必要条件でも、十分条件でもありません。

例えば子どもの遊びも「運動」です。

石を投げたり、木に登ったり飛び降りたり、鬼ごっごやかくれんぼ、あるいは家でお父さんに逆さ吊りにされたりジャイアントスイングされたり…このようなことも「運動」で、これを体験することが「運動体験」です。

「うちの子に運動をさせたい......じゃあ、スイミング教室、サッカースクール」という「運動」=「スポーツ」や「競技」という既成概念や誤認識をまずあらためましょう

運動学習とは?

「運動」=「スポーツ」や「競技」ではないという考えの上で、運動学習について話を進めます。

まず運動学習において重要なのは「運動体験」です。

この運動とは前段で説明したように「身体活動」です。

そして「体験」については、心理学用語では「なにかについて主体的に意識的に捉えること」と説明されています。言い換えると自分の意志で取り組み、自分の感覚で捉えることです。

つまり、「運動をする」、もしくは「運動を習得する」際に重要なのは主体的・感覚的におこなうということです。

「主体的であるか」は運動者の興味や刺激要求に左右されるものであるため、スポーツスクールに行って、指導員から「はい、じゃ、今日は○○をしましょう!」と提示されるのでは主体性に欠けます。

スポーツスクールでは「運動体験」できない

子どもたちがスポーツスクールに通う場合、決まったプログラムが提供され、子どもたちは指導員の指示に従って運動をします。

ある運動ができるようになるかもしれませんが、子どもたちの中ではそれが体験的になっているかどうかは分かりません。

指導員からできるようになる条件を整えてもらって、指導通りに動いたらできた......ということは主体的とは言えませんし、ましてや感覚的に捉えられたとも言い難いと思います。

受け身で「経験」はしたが、主体的に「体験」はしていないのです。

子どもが主体的になっているか?

しばしば「うちの子は1年も通っているのにぜんぜんサッカーがうまくならない…」という保護者の方のぼやきを聞きますが、これは「子どもが主体的にやっているわけではないので当たり前である」と私はいつも思っています。

私がアドバイザーをしているかけっこ運動教室の横でサッカースクールがおこなわれていますが、乳幼児や小学校低学年のクラスではほとんどの生徒が指導員の言う通りに動いているだけで、生徒が何かを主体的にやろうとするような感じは見えません。

サッカーをすることで体力が増し上手くなったように見えることはありますが、それは生理学的成長、つまり成長により身体機能が増したことであって、運動体験から生まれた運動学習による上達ではないと言えます。

子どもの感覚を磨く

運動は身体活動です。それには意識的な活動と無意識的な活動があり、人間の運動の多くは無意識的です。

普段の生活での歩き方や、あるいはデスクに座っている時の脚の位置や組み方などを意識することはありませんよね?

それらに意図的に注意を払うか、異常を感じたりしない限りは無意識的に動いてます。

成長段階にある子ども、特に乳幼児期は自己探求途上であり、知能や社会的知能の発達が充分でないため、意識的に運動をするのは難しく、無意識に運動がおこなわれています。

子どもは主体的であるがゆえに本能で、刺激を求めて運動をします。

感性に基づき運動をおこないます(だから運動教室などで子どもたちが指示に従わずに勝手なことをやり出すわけです)。

感性に導かれた運動ですから、その捉え方は感覚的になります

主体的に動かし、感じさせる

運動学習は主体的で感覚的です。

運動をするのは選手や子どもです。

指導者や親ではありません。

よって選手や子どもが感覚として運動を捉えたり習得しなければ運動学習はできませんし、ましてやスポーツへの応用やスポーツスキルの向上にはつながりません

指導者や親が教えてもできないこともあるし、できることもあります。

自分の運動体験を選手や子どもに押し付けても上達しません。

それは指導者と親の運動体験、言い換えると感覚だからです。

私は担当教室の生徒に常々「感覚で捉えろ!監督コーチに悪い部分や良い部分を指摘されても、それらが何なのか?身体のどこなのか?どうしたらそうなったのか?そして、それは身体で感じて分からないとスポーツはうまくならない!考えても分かることではない」と話をします。

以前にも紹介したブルースリーの「燃えよドラゴン」の有名なシーン「Don’t think! Feel!」です。

子どもたちが主体的に取り組む内容で感覚を磨く、これが運動学習の真理です。