こんにちは、ジュニアユースを対象にした育成やフィジカルトレーニング、運動学習などをテーマにした講演活動や、強化育成システムの研究活動をしている「小俣よしのぶ」です。
前回まで運動スキルの大切さについて連載し、紹介・解説してきました。今回は運動スキルのトレーニングとして面白いプログラム「Ballschule」について紹介します。
▼前回の記事
「Ballschule」(バルシューレ)とは?
まずは簡単にイメージを持っていただくためにこちらの動画をご覧ください。
Ballschuleは日本語で「バルシューレ」と読みます。聞きなれない言葉だと思いますが、英語に訳すと「Ball school」(ボールスクール)という意味になります。
バルシューレとは一体なんなのかを簡単に説明します。
特徴をひと言で表現すると「路上でのボール遊び」です。言い換えると、ボールなどを使った運動スキルやコオーディネーショントレーニングです。
ドイツのハイデルベルク大学において開発され、現在は日本をはじめ世界各国で普及が進んでいます。
バルシューレが考案されたきっかけは、先進国共通の課題である子どもの体力低下や不活性です。ドイツにおいても日本の子どもと同様に、体力や運動能力不足が社会問題になっているそうです。
かつて、子ども達には外で好き勝手に遊べる環境がありましたが、さまざまな問題によって、その環境が減りつつあり、それと呼応するように子ども達の体力や運動能力が低下しています。
日本では公園などでのボール遊び禁止、子どもの聖地であった空き地がなくなり、習い事などが増えることによる遊び時間の減少、TVゲームなどの普及が不活性を助長、さらに子どもを狙った犯罪も増加傾向にあり、子ども達の外部環境とのやり取りが減ることで、運動スキルや運動能力の養成に必要な刺激を得づらくなりました。
運動学習指導の専門家であるマイネル博士は「環界との活発な交流がなければ、運動は決して発達しない」と言っています。
子ども時代の基礎的運動は、心身の健全な発育発達、運動能力向上や体力強化、疾病予防などにも重要です。
ボールで遊ぶことで運動スキルを身につける
前段で紹介したようにバルシューレは「路上でのボール遊び」です。
ご存知の通り、現代球技スポーツの中にも遊びや祭礼の儀式などから発展したものがあります。貴族の娯楽だったテニス、モブフットボールを起源にするサッカーやラグビー、レクリエーションスポーツとして考案されたバレーボールなどです。
バルシューレはプログラム化された運動スキルトレーニングではありますが、そもそもはボールを介した遊び体験のプログラムです。
子どもはボール遊びが好きです。ボールやボールのような物を通して遊び、そこに運動経験が育まれ運動習得につながり、運動形態が生まれたりします。さらに遊ぶ中で自然と約束事や役割を学び、さらにルールなどが成立して社会性を身に着けたりし、それらが心身の健全な発育発達につながったりします。
バルシューレの狙い
バルシューレは,主に日本で言うところの小学生を対象にしたプログラムです。
さらにミニバルシューレもあり、こちらは園児や未就学児が対象のプログラムです。どちらも成長期の子どもを対象にしたもので,言い換えると第二次性徴前の、スポーツ運動学で言うところの運動学習最適期に有効なプログラムです。
プログラムは子どもが本来、路上でボール遊びを自然に覚え、楽しさが生まれ、それが徐々にスポーツやゲーム化して行く流れで構成されています。
例えば、未就学児やボール操作が苦手な子にはボールなどに慣れることから始めます。
投げる・捕るなどの運動スキル習得や、ボールと自分との空間的関係性のコオーディネーション能力のようなものの養成と、ボール遊びの楽しさです。
それができるようになったらボール操作性を高めるドリルに移行し、複雑な運動スキルやスポーツスキルに移行、さらにゲームを行い、その中でボールゲームの戦術勘や、スポーツスキルやテクニックを獲得していきます。
バルシューレは運動スキルの問題を解決する
運動スキルトレーニングにはこのような問題があります。
運動スキルは基礎的な運動能力や身体操作能力ですが、運動スキルはそれ以上、それ以下でもありません。
したがって運動スキル能力が一定以上に高まってもスポーツ、特に球技系スポーツが上手くなるわけではありません。そこには運動スキルを球技系スポーツスキルに転化や応用するトレーニングが必要です。
かつて私が子どものころは体育の授業で運動スキルトレーニングをし、放課後に空き地や路上でスポーツぽいことをやっていました。これが運動スキルのスポーツスキルトレーニングへの転化や応用に寄与していたと思います。
残念ながら現代では体育もスポーツ化し、さらに民間スポーツ教室やクラブが流行している中でスポーツスキルの指導ばかりで運動スキルの養成ができない、あるいは運動スキルを身に付けてもスポーツスキルへの転化のための移行プログラムがありません。
バルシューレは運動スキルをボール系スポーツスキルに転化させる有効なプログラムです。
専門家に教わることの重要性
バルシューレを見ると、ボールを使った遊びのようなトレーニングをすればバルシューレは簡単にできてしまうと思いがちです。
実際、ドリルが紹介されている本などを見たまま真似る、あるいは誰もが一度はやったことがあるようなドリルも紹介されていますので、できないことはありません。
しかし、それではバルシューレの本質から逸れてしまい、バルシューレの意義である「路上でのボール遊び」を通した体力向上や運動能力、社会性の養成が阻害される恐れがあります。
子どもが路上遊びで自然に覚えることや、運動体験することが原則です。したがって指導者や大人が極力介入しないことが重要です。言い換えると教え込みをしないことです。これは私の前回記事である【子どもの「運動スキル」を指導するための3つのポイント】とにも通じます。
冒頭で紹介したバルシューレが、ボールを使った運動スキルトレーニングであることの意味はここにあります。前回の記事のポイントと同じく「教え込まない、はみ出す、完成させない」ことが重要です。バルシューレ指導は見た目ほどに簡単ではありません。
バルシューレ理論
バルシューレ理論の概要を紹介します。図1ですがバルシューレプログラムにおける段階的学習構造です。
↑図1
下位層の第1段階から上位層の第3段階のシステム構造となっています。下位から上位に向かうに従い競技指向性が増します。
この中で最も重要なのが第1段階のプログラムである「バルシューレABC」(ドイツ語読みは「アー、ベー、ツェー」)です。第1段階は初心者向けプログラムとなっています。図2を見てください。
↑図2
ここではバルシューレの基本原則である、路上でのボール遊びに基づきプログラム構築されています。
領域A「プレー力の育成」は、正に路上での遊びを再現するように、子ども達がひたすらプレーすることでボール操作やボール遊びの楽しさを学びます。
領域B「身のこなし(運動協調性)の育成」はコオーディネーション能力です。ボール遊びによる運動スキルや身体操作性を学びます。
領域C「モジュール・スキルの育成」はコンペテンツ(Kompetenz)で「能力運用力」と訳せます。ある問題や課題を自分が持っている力をやり繰りして解決する能力です。
このような能力を養成するためにも指導者や大人は指導や介入を避ける必要がるわけです。これら3領域がボール遊びを通して獲得されることがバルシューレの基礎「バルシューレABC」です。
バルシューレトレーニングについての注意点
バルシューレは子どもの運動体験や球技スポーツへの入り口としては有効なプログラムだと思います。
しかし、運動やスポーツ指導の世界に完璧なプログラムは存在しませんし、また原理が正しく伝わらないと素晴らしいものでも狙い通りの効果を得ることができなくなります。
ここではバルシューレトレーニングについての3つの注意点を述べます。
目的化しないこと
まずバルシューレが目的化しないことです。
スキルやテクニック要素の強いトレーニングプログラムやドリル化された方法論、例えばSAQトレーニングなどもそうですが、そのプログラムやドリルの上達が目的化することが多々あります。
ラダーでのステップテクニックが上手になっても競技力に直結しません。バルシューレも同様でバルシューレが上達しても有能な球技選手になれるわけではないし、運動スキルが身に付くわけでもありません。
運動スキル全般の習得はできない
次は、バルシューレで運動スキル全般の習得はできないということです。
バルシューレはボールを使った運動スキルと言いましたが、バルシューレだけでは運動スキル全般、言い換えるとスポーツ万能の基となる即座の習得能力の獲得は難しいです。
例えば運動スキルの基本の基本である、走る運動はバルシューレの主たる運動ではありません。
走る、跳ぶなどのさまざまな運動スキルや力発揮調整などの能力が同時に養われて、初めてバルシューレのプログラムが生きてきます。
そもそも走ることが嫌いだったり、下手だったらボール遊びも上達しません。バルシューレはあくまでもボールを利用した運動スキル習得の手段のひとつであると考えるべきです。
タレント性の評価は不可能
そして最後は、バルシューレをもって球技系スポーツのタレント性評価は不可能だということです。
タレント性評価には発育発達特性やパフォーマンス構築度合いなどの評価と指標が必須です。バルシューレプログラムにはそれらの点が欠如しています。
方法ではなく、理論の普及を
90年代、コオーディネーショントレーニングが日本に紹介された際、その新奇性と革新性から、あっという間に日本中に広がりました。
しかし、残念ながら方法やドリルばかりが先行し流布してしまい、肝心の理論は未だにほとんど理解されていません。バルシューレも同じ道を辿ることを危惧しています。
バルシューレに取り組みたいと思った方は、是非正しいバルシューレ理論の習得から始めることを求めます。
そのためにもドイツ・トレーニング学、スポーツ運動学、運動学習指導法などをしっかりと習得しましょう。私がバルシューレに注目したのは約2年前です。球技系スポーツ適性テストに有効ではないかと思い調べてきました。
そんな縁もあり、私も今後、バルシューレの研究を進め、普及にも携わっていければと思っています。
将来性豊かなバルシューレ君のタレント性を潰さないためにも。お兄さんであるコオーディネーション君のような人生を歩ませないためにも。皆さんで大事に育てようではありませんか!(笑)