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身体にも影響する「脳震盪」の怖さ

こんにちは、テキサスA&M大学コーパスクリスティー校のキネシオロジー学部で臨床助教授として活動している阿部さゆりです。

今回はスポーツ障害予防や診断などの授業を担当している私から、現役のスポーツ選手や指導者の方に向けて情報を発信したいと思います。

絶対に無理をしてはいけない「脳震盪」

逆境でも時に歯を食いしばって頑張りぬくのがスポーツですが、絶対に無理をしてはいけないとき、というのもあります。それが、「脳震盪(のうしんとう)」を受傷したときです。

脳震盪とはなにか?


Aspen Photo / Shutterstock.com

脳震盪はよく誤解されがちですが、決して脳の一部が腫れや出血、壊死などを起こしているわけではありません。(それらの障害には脳血腫(のうけっしゅ)や脳挫傷(のうざしょう)といったような、もっと仰々しい名前が付きます)※1

構造的に問題がなく、且つ脳の機能が一時的に低下していることが認められた場合に脳震盪という診断が下されるのです。※2

「脳の機能低下というのがなんともイメージしにくい」という方もいるかもしれません。そんな方は例えば、こんな風に考えてみてください。

脳という器官はその様々な部分が独自の機能を担っており、バランスの取れた仕事をするために常にお互い連絡を取り合っています。

「ねえ、あなた今何しているの?」「次はキミこれをしてくれない?」という具合です。

効率の良いコミュニケーションを取りたければ、誰が話していて、誰が聞き役なのかはっきりしていることが大前提なのですが、みんなが一斉にワーワーと喋りだしてしまうようなことがあっては、誰が誰に対してどんなメッセージを送ろうとしているのか聞き取れなくなってしまいます。

会話が混線してしまい、お互いのメッセージが聞き取りにくくなっている状態……つまりこれが機能低下した、脳震盪を起こした脳なのです。

「5足す3ってなんだっけ?」「8だよ」というような、普段なら二言で済む会話も、雑音が混じることで「え、何?聞こえない、5足すなに?」「え?何が聞こえなかったって?」と無駄なやりとりが増えてしまい、簡単なはずの作業をこなすのに普段の倍以上の労力と時間を必要としてしまうのです。※3,4

脳震盪の一般的な症状とは?

脳震盪になると稀に意識を失ったり、記憶が一時的に曖昧になったりすることはありますが、こういったことは10回に1回あるかないかで※1,2、それよりももっと一般的に見られる症状は頭痛やめまい、集中力低下に吐き気に耳鳴りなどです。※5

夜中に目がランランと冴えて眠れなくなったり、逆に一日中ずっと疲れて眠かったりすることもあれば、理由もなく悲しくなったりそわそわしたり他人に当たり散らしたくなったり、判断力が鈍ったりすることもあります。※1,2

人間の全てを司る脳に起こる障害ですから、症状は個人差があり、人によって感じるものは実に様々なのです。

症状の出るタイミングも、人それぞれ。受傷直後に全ての症状が一気に出ることもあれば、15-30分ほどしてから症状がじわじわと出ることも。型にはめられないので、診断をする医者にとってもなかなか厄介な傷害です。

もうひとつ、脳震盪の実に不思議なところは、「これだけの力がかかったら脳震盪になる」とは特に決まっていないところです。

強い衝撃が脳にかかっても平気なこともあれば、小さめの力でもタイミングや打ちどころが悪ければ脳震盪になってしまうことがあります。

加えて、頭部に直接衝撃を受けなくても、肩や胸、腰などに衝撃を受けてもそれが脳を揺さぶるだけの力が十分にあれば脳震盪になることもあり得ます。※1,2

「そんなに激しいぶつかり合いに見えなかったから」とか、「今のは頭にぶつかったわけじゃないから大丈夫だろう」という甘い考えでは脳震盪の発見が遅れてしまうことがあるんです。

脳震盪を早期に発見するためには、見た目だけで勝手な推測を立てず、「あれっ?」と思ったら必ず「気分はどう?」とお互いに声をかけあう文化を作ることが、チームにとって非常に大事になってきます。

脳震盪の怖いところ

蓄積される脳へのダメージ

脳震盪に関してはまだまだ我々の分からないことも多く、日進月歩で日々研究が進んでいる真っ最中です。

最新の研究で見えてきていることに、脳にかかった衝撃は繰り返されれば繰り返されるほどじわじわと蓄積されて、長い時間をかけて脳の萎縮を生むかもしれないこと、だからこそ脳震盪後の選手の競技復帰には慎重にならなければいけないことなどがあります。※6

アメリカでNFL選手団が引退後に記憶・言語障害、痴呆やうつ病などを続々と発症し、「脳震盪がさも何でもないことかのような印象操作をし、脳のダメージが蓄積されることをきちんと教育しなかったリーグの責任は重い」としてリーグを相手取って大規模な訴訟を起こしたことは、ご存知の方も多いのではないでしょうか。※7

結果リーグ側が責任を認め、10億ドル以上という賠償金を払うことに合意した、ということからもその深刻さはうかがえるかと思います。

脳は体にひとつしかない、文字通り命と心を司る大事な器官。ひとつひとつの脳震盪からきちんと回復をした上で競技復帰をすることが大切なのです。

脳震盪の後は身体のけがも増える

ごく最近、脳震盪受傷後すぐに競技を中止して医師の診断を仰いだ場合と、症状を無視して競技を続行した場合とでは、復帰までの日数が倍以上違う、という興味深い研究が発表されました。※8

日数にして、すぐに中止した選手は完全回復まで平均22.0日かかったのが、継続した選手では平均44.4日ほどと、はっきりとした差が出たそうです。

さらに面白いことに、脳震盪受傷後は足首の捻挫や膝の前十字靭帯断裂など、そのほかのけがも受傷率も2~2.5倍ほど上がるという統計も報告されています。※9,10

何故すぐに競技を中止しなければいけないか

「なんか頭が痛いけど、とりあえずこの試合だけは…」という気持ちの油断が20日以上も復帰を長引かせる、もしくは、他のけがを引き起こす原因になってしまうかもしれません。

「疑わしきはとりあえずプレーを続けて様子を見る」、ではなく「とりあえず一時中止してきちんとプロによる評価を受ける」、ということをスポーツの現場で徹底させなければいけません。

若いアスリートへの影響

膝や足首、肩などのスポーツ障害であれば若ければ若いほど回復が早いのが一般的ですが、実は脳の場合はそれが逆になります。

まだまだ発達途中の若い脳は、脳震盪を受傷したときに成人よりも回復により長い時間がかかってしまうのです。※2

だからこそ、周りの大人が正しい知識を持ち、「今日はプレーをやめておこう。これは負ってはいけないリスクだよ」とストッパーとして機能しなければいけないこともあります。くどいですが、疑わしい場合にはまずはプレーを中止、医療機関を受診し、医師の指示を仰ぎましょう。

チーム全体で脳震盪への対策を

最後に「あれっ、おかしいかな?」と思ったら選手本人がまず声を上げること、それ以上に指導者はそれをしてもいいんだという空気を作ることが何よりも大事です。

というのも、選手が「脳震盪かも」と思いつつもそれを隠してしまう理由一位に「コーチに怒られるのでは」という恐怖心があるからなのです。※11

「コーチは私たちの健康を大切に考えてくれている」と選手が実感できるよう、日々コミュニケーションを積むこと、そして例えばシーズン開始前にチームミーティングを開き、脳震盪の深刻さと迅速な報告の重要性をしっかりと確認しあうような教育と意見交換の場を設けるのもいいですね。

それぞれのチームに合った工夫を現場の皆さんが考え、実践してくだされば幸いです。

参考文献

1・McCrory P, Meeuwisse W, Aubry M, et al. Consensus statement on concussion in sport-the 4th international conference on concussion in sport held in Zurich, November 2012. Clin J Sport Med. 2013;23(2)89-117. doi:10.1097/JSM.0b013e31828b67cf.

2・Broglio SP, Cantu RC, Gioia GA, et al. National athletic trainers’ association position statement: management of sport concussion. J Athl Train. 2014;49(2):245-265. doi:10.4085/1062-6050-49.1.07.

3・Hutchison MG, Schweizer TA, Tam F, Graham SJ, Comper P. fMRI and brain activation after sport concussion: a tale of two cases. Front Neurol. 2014;5:46. doi: 10.3389/fneur.2014.00046.

4・Ptito A, Chen JK, Johnston KM. Contributions of functional magnetic resonance imaging (fMRI) to sport concussion evaluation. Neuro Rehabilitation. 2007;22(3):217-227.

5・Meeham MP, d’Hemecourt P, Comstock RD. High school concussions in the 2008-2009 academic year: mechanism, symptoms, and management. Am J Sports Med. 2010;38(12):2405-2409.

6・Gavett BE, Stern RA, McKee AC. Chronic traumatic encephalopathy: a potential late effect of sport-related concussive and subconcussive head trauma. Clin Sports Med. 2011;30(1):179-188, xi. doi: 10.1016/j.csm.2010.09.007.

7・NFL Concussion Settlement. https://www.nflconcussionsettlement.com/. Updated Septeber 29, 2016. Accessed October 15, 2016.

8・Elbin RJ, Sufrinko A, Schatz P, et al. Removal from play after concussion and recovery time [published online August 29, 2016]. Pediatrics. 2016. pii: e20160910.

9・Lynall RC, Mauntel TC, Padua DA, Mihalik JP. Acute lower extremity injury rates increase after concussion in college athletes. Med Sci Sports Exerc. 2015;47(12):2487-2492. doi: 10.1249/MSS.0000000000000716.

10・Brooks MA, Peterson K, Biese K, Sanfilippo J, Heiderscheit BC, Bell DR. Concussion increases odds of sustaining a lower extremity musculoskeletal injury after return to play among collegiate athletes. Am J Sports Med. 2016;44(3):742-747. doi: 10.1177/0363546515622387.

11・Chrisman SP, Quitiquit C, Rivara FP. Qualitative study of barriers to concussive symptom reporting in high school athletics. J Adolesc Health. 2013;52(3):330-335.e3. doi: 10.1016/j.jadohealth.2012.10.271.