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【Rock and Hammer】「Slow is Pro(スローこそが本物のプロ)」

▼前回のおさらい

KAWHI’S DECISION(クワイの決断)

こんにちは、ダイス・ヤマグチです。

もう9月ですね。楽しかった夏休みも終わり、現実の世界に戻らなくてはいけない時期です。

さすがに僕にはもう学生だった頃のように”夏休み”なんて無いのですが、家の外に出て街中を歩いたりするときに普段は学校にいるであろう子供達が楽しそうに遊んでいる姿を見るだけで子供の頃を思い出して良い気分になっていました。

そんな僕に共感して頂ける方も少なくはないのでしょうか。

そしてこの夏もうひとつ楽しかったイベントと言えば、やはりリオ・オリンピックですよね!

今回も沢山のドラマがありましたね。沢山のドラマの中でも特に僕の心に残ったものは、

  • 日本卓球女子団体銅メダル獲得
  • 女子レスリング吉田沙保里選手の4連覇目前での敗退
  • 日本陸上男子400mリレーでの銀メダル
  • 日本女子バスケットボールチームの快進撃

この4つです。

最初の3つに関してはここで僕が言うまでもないかとは思いますが、

卓球福原愛選手の様々な感情が入り混じった涙

吉田沙保里選手の本当に辛い状況でありながら礼儀正しくインタビューに受け答える姿

日本陸上男子リレーチームの一体感や喜び

と、スポーツが僕らに与えてくれる感動は改めてすごいものだと感じました。

そしてやはり日本のいちバスケットボールファンとしては日本女子バスケットボールチームの活躍は大きな刺激となりました。

アジアで一位になったとはいえ世界を相手にするとどうなるのかと考えていたのですが、FIBA世界ランキングで格上のブラジルやフランスを倒し、大会時には世界ランク2位のオーストラリアをあと一歩で破るという展開。

最後にはアメリカに大差で負けたものの、前半終了間際まで接戦に持ち込めただけでもかなりのものだと思います。体格で劣っても世界と戦える術はあるということを見せてくれました。

オリンピックでのスパーズファミリーの活躍

また、世界中のスパーズ・ファミリーの活躍も僕個人としては今回のオリンピックで注目していた点でもあります。

オーストラリア代表のパティ・ミルズ、アロン・ベインズ、アルゼンチン代表のマヌ・ジノビリ、フランス代表のトニー・パーカー、ボリス・ディアウ、ナンド・デ・コロ、そしてスペイン代表のパウ・ガソル。

彼らのいる全4チームともベスト8入りし、パティ、マヌ、パウ、の3人は得点面でチームの勝利に大きく貢献していました。

NBAではチームメイトとして戦っていた選手達がやりあったりと、普段見られない光景が見られた、というのもこういう世界の舞台での試合ならではですね。


世界の舞台で活躍したスパーズの3人、Mills, Gasol, Ginobili・出典:GameTime: Top Olympic Standouts

このようにサンアントニオ・スパーズの選手たちは世界各国の代表としで活躍していたのですが、アメリカ代表としてプレイした選手はひとりもいませんでした。実はアメリカ代表候補としてラマーカス・オルドリッジとクワイ・レナードの名前は挙がっていたのですが、2人とも代表に選ばれないという選択をしたとの事です。

ラマーカスは指の怪我がまだ完治していなかったからという理由でしたが、クワイに関しては辞退した理由を明確に述べてはいません。

子供がこの7月に産まれる予定だったという事も関係しているのかという話もありましたが、どうやらそれが彼の決断に関与する感じではなかったともあります。(参考記事:Kawhi Leonard joins group pulling out of Rio

代表辞退の意思を発表した際には”今回の決定は非常に難しいものだった。アメリカ代表に選ばれる事は本当に光栄なことだ。できれば将来にはアメリカの代表として国を背負って戦えればと思う。”と言っています。では彼は何故このような決断をとったのでしょう。

GOOD TO GREAT(グッドからグレイトに)

サンアントニオ・スパーズの練習中に度々聞かれた合言葉のようなもの。そのひとつが”Good to Great”でした。

”グッドからグレイトに”、つまり普通に良いだけに留まらないでより良いものを求めていこう、という意味です。

2006-07シーズンに優勝を果たした後の数年、スパーズはティム・ダンカン、マヌ・ジノビリ、トニー・パーカーの”ビッグ3”の年齢から来る衰えや怪我もあり、プレーオフ進出は逃さないものの優勝からは少しずつ遠のきつつありました。

その中で一番の問題に挙げられたのがレブロン・ジェームズ、コービー・ブライアント、ケビン・デュラントといったスーパースターの1対1をとめられる選手の不在。

2010-11シーズンではレギュラーシーズンに西カンファレンス1位となったもののマヌ・ジノビリの怪我もありプレーオフ初戦で同8位のメンフィス・グリズリーズに敗れてしまいました。当時オフェンスとディフェンス両方の核となるマヌのような選手が抜けた時の弱さを露呈する結果となったのです。

そのシーズン終了後に行われた2011年のドラフトでスパーズは将来を見据え、プレーオフで勝てるための賭けに出ました。それは当時スパーズの将来を担っていく一人となると言われていたジョージ・ヒルの放出をし、それと引き換えにドラフト上位での指名権を獲得するというものです。


当時ポップの大のお気に入りだったジョージ・ヒル。出典:Former Spur George Hill

ジョージは若く、向上心に溢れ、練習熱心。

誰とでもコミュニケーションをとるのがうまく、ファンとの交流イベントにも進んで参加するジョージは、チーム内でもファンからも非常に人気のある選手でした。

ヘッド・コーチであるポップにとってもそれは同じで、厳しいと知られるポップがまだ比較的若かったジョージに対して怒鳴る姿を僕はあまり見た覚えがありません。(それだけジョージがコーチの要求をしっかりと聞き、行動に移していたという事)

そんなジョージを放出するという事はスパーズにとって、そしてポップにとって本当に辛い決断でした。しかしGoodなチームからGreatなチームへと変貌し、再度優勝をすると言う目標を成し遂げるためにはクワイ・レナードの獲得がチームにとって優先すべきことだとゼネラル・マネジャーのRC・ビュフォードとポップは考えたのです。

CONSISTENCY(継続力)

当時19歳だったクワイはその身体能力は注目されていたもののオフェンス能力が乏しく、ジョージを放出して得るだけの価値があるのか周囲は大きな疑問を感じていました。

そのため彼がドラフトされた順位は15位と比較的下の方だったのです。(15位の指名権はインディアナ・ペイサーズが持っており、ペイサーズはジョージ・ヒルの地元のチーム。ジョージの家族、友人達が近くにいるチームにトレードする事がスパーズのジョージに対する礼儀の表れでもありました)

事実、大学2年間での彼の3ポイント(以下3P)シュートの成功率は25%(参考リンク:Kawhi Leonard Stats

NBAでは3Pラインの距離が大学と比べて大幅に遠いのですが、それでも成功率35%は欲しいと考えられています。(ちなみに昨シーズンのステフ・カリーの3ポイント成功率は45%でした)

それを考慮するとクワイのシュート力はNBAでは致命的なものになると思われていたのが理由でした。

クワイ獲得へ

しかし厳密なスカウトの結果、スパーズの首脳陣とコーチ陣はクワイのオフェンス力は伸ばす事が可能と見極め、彼の身体能力とディフェンス能力を買ってジョージの放出に踏み切りました。

クワイのルーキーシーズンとなった2011-12シーズンは不運にもロックアウトが行使されたため、チームとの合流が例年よりも5ヶ月も遅れることになりました。(Lock Out: ”締め出し”。選手会とオーナー側の間で収益配分の割合に関する不一致のため、選手達がチームの施設への出入りはもちろん、コーチ、スタッフとのコミュニケーションも一切禁じられる)

クワイがドラフトで選出された日が6月23日。ロックアウトが始まったのが7月1日だったので、スパーズが彼と接することのできた時間はわずか一週間ほどでした。

その期間中スパーズの選手育成コーチであり、マイケル・ジョーダン率いたシカゴ・ブルズで活躍した名シューターのスティーヴ・カーのシューティングコーチも務めたチップ・イングランドがクワイに徹底して行わせた練習が”ワン・ハンド・シュート”。

バスケをしたことがある人なら誰もが知っているであろうこのシュートフォーム改善のためのドリルを、クワイはフリースローよりも数歩バスケット(ゴール)に近い場所で朝昼晩、何百、何千、何万本と文句も言わず、黙々と打ち続けました。

▼参考動画

「夜の練習が終わったと思えば、深夜にも練習場でこの地味なドリルを続けていた」とセキュリティーのおっちゃんが感心して翌日僕に話してくれたのも覚えています。

結局クワイは一週間の大半をこのドリルに費やしたのみ。

そして彼はその後5ヶ月ほどチップに与えられたシューティングドリルの続きのメニューをこなすことになりました。


試合前にクワイのシューティングを見守るチップ・出典:Steve Kerr Targeting Spurs’ Shooting Coach Chip Engelland

5ヶ月が経過しロックアウトが終わり、久しぶりに会うクワイのシュートがどれほどまで上達したのかワクワクしながらチーム練習前の個人練習を見ていると、また相変わらずの片手シュートを相変わらずの位置で始めるクワイ。

そしてフリースローラインまで下がって片手シュートをしっくりくるまで。次は位置はそのままで左手をボールの横に添えて構えたところから片手シュートでの軌道そのままでの右手のリリース。

丁寧にこのシューティングを行ったのちにバスケットに向かう位置を変えながら、徐々に距離を変えながら自分のタイミングでシュート。

それが終わってようやくチップにパスを出してもらってからのキャッチ&シュート。1時間ほどのシューティングを行いましたが、その日のシューティングでの3Pシュートはゼロでした。

確かにシュートは安定し、フォームも以前よりずっと整っていましたが、5ヶ月経った後も3Pはまだ打てない状態。シーズン開始まで残りひと月。3Pの打てないフォワードとしてNBAでやっていけるのかと内心不安な僕。

その後毎日チーム練習前後のチップとクワイのシューティング練習は続き、毎朝眠そうな目をこすりながら練習場に来る彼は、やはり夜中のシューティング練習も欠かさず継続しているようでした。

一週間ほど経って長距離の2Pシュートでのフォームが安定している事を確認したチップはいよいよクワイに3Pラインからのシューティングを始めさせました。

ただし、3Pとはいえコーナーからのシュートのみ。

というのも、コーナー・スリーは他の3Pエリアと比べてバスケットまでの距離が短く、NBAで一番成功率が高いと言われるスポットだから。


出典:イメージ共有するための、用語でバスケがわかるシリーズ「コート編」

コーナー・スリーの練習でもまず最初は彼のペースでゆっくりと、フォームを確認しながらのシューティング。

慣れてきたらチップのパスを受けてからのキャッチ&シュート。そしてディフェンスのチェック(手を出してブロックをしようとする動作)を入れてのキャッチ&シュート、と言う流れでの練習を幾度も繰り返していきました。

結局彼の3Pシューティング練習はその後もコーナーのみのまま日は過ぎ、チームは2011−12シーズンへ突入。新しいシーズンに入る際にクワイがチームから課せられた役割は”ディフェンス”と"フリーになった時にコーナー・スリーを打つ"、という事のみでした。

バスケットボールをやっていれば誰もが華やかなプレーをしたくなるもの。しかもNBAに入るほどの選手であればなおさら高校、大学でチームのオフェンスの中核としてプレーしてきた選手がほとんどで、もちろんクワイにとってもそれは同じことです。

ジョージ・ヒルを放出してまで獲得した彼に対する世間の期待も大きい中で”お前はコーナーでボールを待ってフリーであればシュートを打て”というのはあまりにも酷な話です。

それでもクワイは文句一つ言わず(もともと無口だというのもありますが)毎日、毎晩黙々とコーナー・スリーの練習を続け、シーズンを通して言われた役割を淡々とこなしていきました。

シーズンの結果は

そしてチームはシーズンを通しての勝率75.8%をあげ、西カンファレンス1位でプレーオフ出場。

プレーオフでは西カンファレンスの初戦、準決勝と負けなしの8連勝、そして決勝でも2連勝を挙げ、驚異の10連勝を遂げた後、辛くもケビン・デュラント率いるオクラホマシティ・サンダーに敗れる結果となりました。

クワイはシーズンの前半こそベンチスタートでしたが、半ば以降はスタートメンバーとして定着。彼のディフェンスはもちろんでしたが、要所で決める3Pもチームの勝ちに大きく貢献していました。

結果そのシーズンの彼の3Pシュート成功率は37.6%。3Pラインの距離が遠くなったにもかかわらず大学時代の25%から12.6%の改善です。

クワイの成長

その後も止まることなく彼のオフェンス、ディフェンスの両面での成長は続きました。

2013-14シーズンのファイナルではNBAのナンバー1選手と言われ、天敵マイアミ・ヒートのスーパースターであるレブロン・ジェームズとマッチアップしチームを7年ぶりの優勝へと導き、自身もファイナルMVPに輝きました。

ファイナルでの1試合平均得点は17.8点でチーム2位、そして3P成功率は57.9%。ディフェンスではレブロンを苦しめ、オフェンスでもチームを牽引したのです。

そんな彼の成長ぶりはシーズン別で出された以下のシューティングチャートにもはっきりと表れています。

出典:Playoff Assist: Kawhi Leonard's improvement spurs San Antonio

これらのチャートではシュートの成功率が高いほど色が赤・黄・緑の順で色分けされています。

3シーズン目では赤がほとんどなくなり、ほぼどのエリアから打っても高い確率でシュートを決めれるようになっていることがわかります。

ルーキーシーズンではコーナー・スリーから打つことを役割として任せられていたクワイですが、シーズンごとにオフェンス面で任される役割が増え、その都度変わらぬEffort(努力)とConsistency(継続力)で成長し続けました。

結果5年目となった昨シーズンはチームのオフェンスの中核としてプレー。

シュート本数はルーキーシーズンの6.3本から15.1本まで増えたにもかかわらず成功率は50.6%。

3Pに関しては44.3%とステフ・カリーに次いでリーグ全体の4位という結果でした。大学時代のシュート力を考えるとすごいことですよね。(参考リンク:NBA Player 3-Point Shooting Statistics - 2015-16

SLOW IS PRO(スローこそが本物のプロ)

「継続は力なり」とは本当によく言ったものだと思います。

3Pシュートの練習の他にもうひとつ僕がすごいなと思った彼のエピソードがあります。

バスケットボールの試合寸前のウォームアップ(プレゲーム・ウォームアップ)って想像できるでしょうか?

試合会場に大勢の客が来場し、そのど真ん中にスポットライトを浴びるバスケットボールコート。その中で選手たちは最後の仕上げとしてレイアップやジャンプシュートなどの確認をしながら体を温めます。

お客が注目しているということもあって気持ちが高まって派手なダンクやトリックシュートを披露する選手がいたり、試合前のルーティーンがマンネリ化してなんとなくその時間を過ごしている選手もいたりします。

普段試合前は選手のケアやテーピングでトレーニング・ルームに待機していた僕ですが、ある日仕事が落ち着いたので早めにコート上に足を運んでチームのウォームアップを眺めていました。

そこでクワイは淡々と左手で地味に様々な種類のレイアップを打ち、ただの一度も派手派手しいダンクをすることなく試合を迎えたのです。

翌日練習場で彼の身体のケアをしながらその事について触れてみると、

“SLOW IS PRO, bro. You heard about it right? (スローがプロって言葉聞いたことあるだろ?)”

と返答がありました。「いや、聞いたことない。どういう意味?」と聞くと、彼はニヤリとしながら次のように答えてくれました。

“You gotta take your time to be who you wanna be. I wanna be the greatest player I can be. No time to waste even before the game time bro. No time to worry about people watching me. I need to get better at the use of my left hand right now. I may not use the skill in the game, but may be I will in a year later.”

なりたい自分になるためには時間をかけなくちゃいけない。俺は自分のなれるベストな選手になりたいんだ。試合前だからといって無駄にできる時間はない。誰が俺を見ているかなんて気にしていられないんだ。今は左手をもっとうまく使えるようになりたい。その試合では使えないスキルかもしれないけど一年後には使えるようになっているかもしれないだろ。


2014年のファイナルにて。試合前日の練習中でのワンショット。彼との会話を思い出させてくれる大好きな一枚です:Photo by Yasutaka Ishizuka 石塚康隆, NIPPON BUNKA PUBLISHING

「そういうことか」と彼の成長が必然だということを改めて感じた瞬間でした。

後に"Slow is Pro"ということわざはあるのかと調べたのですが、どこにもそれらしいものは見つかりませんでした。

おそらく彼の周りの人、もしくは彼自身が言っていた造語かと思われます。でもそのメンタリティーが彼の成長を支えている根源だと教えてくれる話でした。

ちなみに「誰が俺を見ているかなんて気にしていられない」と彼は言っていましたがファンを無視するという事ではありません。彼は自分のやるべきことをやり終えた後でファンとの交流は行うので!

TO BE THE BEST(ベストになるために)

そんなクワイのメンタリティーを考慮に入れた上でと本文の一番最初に挙げた質問を振り返ってみたいと思います。

「なぜクワイはアメリカオリンピック代表の座を断ったのか。」

僕の中での答えは明確です。

スパーズに入って以来、クワイはオフシーズンを次のシーズンへ向けて自身が成長できる時間と見据えてトレーニングを行ってきています。

そして彼がチームを引っ張る立場となった昨シーズンのプレーオフ、スパーズは西カンファレンス準決勝でオクラホマシティ・サンダーに敗れてしまいました。

”ベストな選手になる”という目標を掲げている彼にとってアメリカ代表に選ばれるという事が名誉なことであることは間違いありません。

ただし、彼にとっての”ベストな選手”というのは”チームを勝ちに導ける選手”という事。

「まずはチームを勝ちに導けるように、この夏さらに成長したい。」そんな思いが僕には伝わってきます。

SLOW IS PROのメンタリティーで、いずれはきちんと代表に選ばれるという風にも考えているかもしれません。

次回のオリンピックの会場は東京!

しかもアメリカ代表チームの監督はスパーズのポップと決まっています。さらに成長した彼を東京で見たいものです!今から楽しみ!!!

最後に、まだ若干25歳にしてここ2シーズン連続でNBAの最優秀守備選手賞をもらい、関係者の多くより”Best 2way Player in the League(オフェンスとディフェンスの両方をこなせるリーグ最高の選手)”と呼ばれているクワイ・レナードのハイライトを御覧ください。

2014年のファイナルでMVPを取った時のものです!

次回はこれまでR&Hで何度も名前が挙がっているスパーズのヘッドコーチ、「ポップ」ことグレッグ・ポポビッチについて触れたいと思います!