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サッカー留学の増加で増える、トッププロだけじゃない「もうひとつの海外組」

▼前回のおさらい

海外で活躍する日本人選手が増えるにしたがって、サッカー留学を希望する人が増えてきているというのは、前回のコラムで触れました。

日本選手の海外での活躍の流れ

1998年に中田英寿さんがイタリア・セリエAの「ペルージャ」へ移籍しました。それをきっかけとして、多くの選手が海外に挑戦してきましたが、大きなインパクトを残すことはできませんでした。

状況が変わったのは、2005年以降。
現「横浜・F・マリノス」の中村俊輔選手がスコットランド一部リーグの強豪「セルティック」で、高原直泰選手(SC相模原所属)がドイツ・ブンデスリーガの「アイントラハト・フランクフルト」で、それぞれ実績を残し始めたのです。

その後は、長谷部誠選手(アイントラハト・フランクフルト所属)がブンデスリーガの「ヴォルフスブルク」で活躍。本田圭佑選手は、2008年からオランダ・エールディビジの「VVVフェンロー」で活躍し、現在はセリエAの名門「ACミラン」にまでのぼりつめているのは、ニュースなどでもよく目にします。

2010年の南アフリカW杯後は、長友佑都選手がセリエA「チェゼーナ」へ。香川真司選手はブンデスリーガ「ドルトムント」へ、内田篤人選手は同じくドイツの「シャルケ」へ移籍しました。

サッカー留学の増加によって生まれた新しい「海外組」

翌2011年には、サッカー留学をあっせんする「ユーロプラス」で、短期留学の希望者が急増。それまでは年間10~20人程度だったのが、その年だけで150人に上りました。

「海外組」と聞くと、つい日本代表クラスの選手を思い浮かべますが、アマチュアやセミプロとして海外へ渡るサッカー選手たちは、いわば「もうひとつの海外組」です。「海外組」の活躍が当たり前になったことが、留学希望者の増加を後押ししているのは間違いないでしょう。

ジュニア世代から大学生世代まで幅広い「もうひとつの海外組」。彼らの活躍に大きな期待がかかります。