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【専門家が解説】イチローが打てなくなった原因は「動体視力の衰え」なのか

日本野球界、そしてメジャーリーグの歴史に残るレジェンドとして、2019年3月に惜しまれながら引退を発表したイチロー選手。

引退間際のシーズンにメジャーリーグトップクラスの1塁到達スピードを記録するなど、驚異的な身体能力を維持していたことが話題を呼んだ一方で、打撃不振の理由として「視力の衰え」「動体視力の低下」を挙げる解説者やメディアの声も目立ちました。

今回はビジョントレーナーの小松佳弘氏に、眼の専門家の観点から「イチロー選手の打撃不振の原因」を推察し「年齢と視力の関係」「野球に必要とされる眼の能力」について詳しく解説していただきます。

※当記事はイチロー選手への視力測定や取材に基づいたものではなく、報道やプレー映像・成績をもとに推測したものである点を予めご理解下さい。

イチロー選手の打撃不振の原因

こんにちは、ビジョントレーナーの小松佳弘です。
今回は、ビジョントレーニングの観点から、イチロー選手の引退に関する話題を取り上げさせていただきます。

イチロー選手の日本、メジャーリーグでの素晴らしい活躍をリアルタイムで見れる時代に生まれて本当に良かったと感じると当時に、ユニフォームに袖を通す姿を見ることができなくなってしまうことをとても残念に思います。

WBC優勝後日本国旗を持つイチロー選手
Alan C. Heison / Shutterstock.com

さて、気になる引退の原因ですが、やはり晩年の打撃不振には、全てのアスリートに訪れる「加齢」という直接的要因による「眼の機能の衰え」 が大きく働いていると推察します。

眼と野球のパフォーマンスの関係

そもそも、眼の機能が衰えることは、単に体の一部分(眼)だけの問題に留まりません。

人は眼で見て(入力)、頭で考えて(情報処理)、体を動かす(出力)という流れで、視覚情報に反応して身体を動かしています。

眼の能力(入力)が低下することで、身体への指示が曖昧になり、イメージ通りに動かなくなることで成績が低迷していくのです。

上記をふまえ、野球選手が高いパフォーマンスを発揮するためには、眼と身体に関する次の能力が必要になります。

①両目で1.2以上の静止視力(矯正可)
動体視力視知覚などの「調節」に関わる能力
③視覚と身体の協応性

少し難しい話になりますが、以下詳しく解説していきます。

静止視力

静止視力とは、メガネ屋さんや健康診断などで測定される、5m先の止まったものを見る能力です。一般に「視力」というと、この能力を指すことが多いですね。


スポーツビジョン研究会調べ(横軸:静止視力、縦軸:パフォーマンス指標)

「静止視力」については、このグラフから静止視力と野球のパフォーマンスの明らかな相関関係がご理解いただけると思います。
大前提として「まずは止まったものがきちんと見えることが必要」ということですね。

「調節」に関わる能力「動体視力」と「視知覚」

野球などのスポーツでは、止まったものを見るだけではなく、速く動くボールを眼で捉え、頭で判断する必要があります。そのときに発揮される主な眼の能力が「動体視力」と「視知覚」です。

動体視力…素早く動く対象物を眼で追いかける能力
視知覚…眼に入る情報を過去の経験と照らし合わせて解釈する能力

静止視力については、メガネやコンタクトレンズ等の矯正で対応することができますが、「動体視力」「視知覚」については、能力の土台となる眼の機能に左右される部分が大きいです。

その機能とは水晶体の厚さをコントロールする「調節」と呼ばれる機能です。

眼の構造

水晶体…カメラでいうレンズに相当する部分。目に入ってくる外部の光を曲げて、網膜に画像がキレイに表示されるよう、ピントを調節する。
調節…前後に動くもの(野球でいえばボールなど)に対して水晶体の厚さを変えて、ピントが合うようにコントロールする機能。

イチロー選手の打撃不振に繋がったのは、この「調節」に関する能力の低下が原因であると考えられます。

調節機能の低下と年齢の関係

「眼が衰える」という言葉の中には、眼に関する様々な能力・機能の低下が意味合いとして含まれますが、その中でも「調節」は加齢とともにほぼ確実に低下していく機能だといういうことが分かっています。

図2_目の「調整力」の低下
データ出所:『視能学』(文光堂2011.12)

このグラフは眼の調節力の低下を表しています。

個人差はありますが調節力は9歳前後から右肩下がりに低下していくことがお分かりいただけると思います。

調節力が低下すると、対象物に対し瞬時にピントを合わせることが出来なくなり、「動体視力」は低下します。

「視知覚」は経験則に伴う部分もあり、動体視力ほど明確に能力が落ちるわけではありませんが、調節力が低下することで徐々に「見誤り」が出てきます。

例えば、ピッチャーが投げたボールの軌道や回転を見て、過去の経験から「この軌道は変化球だ!」「ストレートだ!」という一瞬の判断を行っていたものが、徐々に判断の精度が落ちてくる、といった具合です。

調節力が落ちる最大の原因は「水晶体の硬化」

「調節」は眼の周りにある様々な筋肉を使って水晶体の厚みを変える機能ですが、野球においては、その中でも「輻輳調節」という動作が非常に重要になります。

「輻輳調節」はさらに細かく分けると次の3つの動作で構成されています。
・輻輳(寄り目をつくる動作)
・縮瞳(瞳孔を小さくする動作)
・毛様体筋の緊張(水晶体を厚くして調節する動作)

ビジョントレーニングを用いて、眼の周りについている「外眼筋」という筋肉を鍛えることで「輻輳」と「縮瞳」は訓練可能ですが、3つ目については年齢の壁を越えて訓練することは非常に困難です。

年齢とともに水晶体が硬化してくることで、毛様体筋をトレーニングで鍛えても水晶体の厚みが変わりにくくなってしまうのです。

調節の「曲がり角」とスランプ

また、グラフ上ではやや見えづらく申し訳ないのですが、調節力が9歳前後から右肩下がりに落ちていく中でも、特にストンと落ちる「曲がり角」があります。

そのタイミングと身体の発達がうまく噛み合わなくなり、一時的なスランプに陥るケースがよく見られます。

「②調節に関わる能力」が低下した結果、「③視覚と身体の協応性」のバランスが崩れてしまうということですね。

実際に指導を行っていると「調子が悪い、見えづらい」と選手が訴える時期は13、15、18、24、28歳といった年齢が多く、眼の調節力がカクッと落ちるタイミングと重なっていることがよくあると感じます。

落ちていく調節力にどう対処するのか

これまでの話を選手にすると「調節力の衰えを止める、逆に回復させる方法はあるのか?」とよく聞かれます

残念ながら、調節力には大きな回復は見込めないことが分かっています。

30歳ごろから水晶体の硬化が顕著になり、43歳くらいになると、眼から40cm離れた文字も見えにくくなって行きます(このあたりがイチロー選手の引退とも重なる時期ですね)。

そこからさらに硬化は進み、60歳を越えてくると全く調節ができない状態にまでなってしまいます。

では対処法は全く無いのか、というとそうではありません。

私の見解として、現時点での唯一の対処法は「能力が低下することを理解すること」と選手によくお話ししています。

「眼の寿命」は延びていない

少し話はズレますが、はるか昔、人間の寿命は約30年と言われていました。

有史以来、衣食住が整うことで徐々に人間の寿命が延びてきていることは皆さんご承知のとおりです。

昨今では「人生100年時代」を迎えたと言われ、「80歳のボディビルダー」「90歳の現役トレーナー」がいらっしゃるなど、人は長く強く生きる力を徐々に身につけているといえますが、「眼の寿命」に関しては「延びている」とはいえない状況です。

しかし、この事実を知っているアスリートは非常に少ないです。

日本のアスリートは身体の管理には細やかに気を配っている一方で、眼の能力・ケアについての理解・実践は二の次になることが多く、眼が以前より見えにくくなることで引退を強いられるケースも多いです。

見えることが当たり前と感じている選手が多いために「失って初めて重要性に気付く」ということは珍しい話ではありません。

「誰もが衰える」ことを知って、改めて分かるイチロー選手のすごさ

最後に、イチロー選手と、とある球団の「別の有名選手」のお話をします。

イチロー選手は、過剰な筋トレで身体を大きくすることをよしとせず、スリムな身体で感覚を研ぎ澄ますことで高いパフォーマンスを発揮していたことは有名なお話ですよね。

このエピソードからは、イチロー選手が「自分の五感から得られる情報」と「体の機能」を常に擦り合わせ、「入力」に対し的確な「出力」を生み出すことを非常に重要視されていたことが伺えます。

イチロー選手の引退には「眼の機能の低下」が大きく働いている、と冒頭で述べましたが、イチロー選手だからこそ、眼の衰えがかなり進んでいるはずの30歳代後半でもメジャーリーグで3割、200安打という好成績を記録できたとも言えると思います。

対照的に、別の「とある有名選手」は老いに対して大きな筋力をつけることで補おうとしているのが見て取れました。
結果、彼のバットはものすごいパワーで空を切ることが増え、一気に低迷して晩年を迎えてしまったのです。

筋トレそのものが問題というわけではありませんが「眼は衰えていくにも関わらず、身体は入団当初よりどんどん大きく・強くなっている」というギャップを自分自身で理解できずに、やみくもに筋力だけを高めることには、非常に高いリスクがあります。

眼は、人間の身体の中でも複雑で、未だに謎が多い臓器の一つです。

これから先進的な医療で調節機能の再生が可能になってくるかもしれませんが、それがいつになるのかは未知数です。

今ある眼を理解し、大切にし、「常に身体と眼の感覚を統合する」ことでパフォーマンス低下を抑えることが、現時点でできる最善の解決策であると考えます。

(サムネイル画像:Alan C. Heison / Shutterstock.com)